2050年の世界

本を読みながら独酌し一人寝する。窓からの夜風が涼しくなった。虫も鳴いている。秋だなあ。あわれ秋風よ、心あらば、だなあ。夜明け前には目が醒める。陶淵明ではないが、夜中い寝るあたわずである。スタンドをつけ、枕元の読みさしを再びひろげる。八月の文芸春秋社の新刊英エコノミスト誌による「2050の世界」である。エコノミスト誌は、おそらく世界でもっとも影響力のある政治経済誌であろう。
60年代初頭、今から50年前、同誌は「驚くべき日本(Consider Japan)」という特集で、まだ中進国の下程度の日本が、いずれ経済大国になると予測した。そして20数年後の80年代後半、日本はジャパン・アズ・ナンバーワンと自称できるまで経済発展をした。エコノミスト誌の予測どおりだった。そのあと、急速に、バブル崩壊で失われた20年を迎えるのだが。

だが、それから50年後に書かれた本書には、日本に対する記述はあまり無い。わずかに書かれた部分でも、2050年における日本の将来像は、明るいものではない。2010年に世界経済の5.8%を占めていたGDPは、1.9%と三分の一に。一人あたりGDPは、アメリカや韓国の半分になるとか。そのころ、もっとも悲惨な社会は超高齢化に苦しむ日本であるとか。第十章「高齢化社会による国家財政の赤字をどうするか」では、2050年には、日本は少子高齢化により人口は1億人をきるのに、後期高齢者は1.7倍になる計算となる。年金・医療にかかる費用が増大し、現役世代の負担も耐えがたくなるし、企業は熾烈な国際価格競争を戦うために賃下げを繰り返す。GDPは今の世界第三位から、5~6位に落ち込みブラジルと肩を並べるとか。人口動態が経済成長を決定するというのは、最近のトレンドだが、その立場をとっている。

本書を読みながら、エコノミスト誌の東京支局長、本社編集長をつとめたビル・エモット氏の「日はまた沈む」を取り出して読み比べる。草思社1990年3月刊。バブル真っ盛り、東京山手線内の土地を合わせれば、アメリカ全部が買えると本気で思われていた時期である。バブルは80年代末の四年程度だったが、確かにとんでもない錯覚が日常だった時代だった。岡目八目であり、日本の結果は、この本のとおりに、恥ずかしいほど、そのとおりになったのだが。今は、2012年、バブル真っ盛りの時代の1990年の東京支局長の「予測」もしっかり当たっていた訳だ。

当時、東京の時価は三年のあいだ年率50%の割合で上昇し、一億総不動産屋。尼崎の知人の不動産業者の盛大なパーティーにも誘われたものだ。あれも買った、あれはこれほど上がったとの愉快話を聞かされ、なんども料亭に誘われた。文筆乞食をしていた私には、バブルはまったく無縁だったが、彼は太陽神戸銀行の幹部とゴルフをしていたら、とにかく200億貸すから何かに、何でもいいから使ってくれと頼まれたとか。世の中の半分は自分のものだという顔をして、大笑いしていた。大阪城の横に本社ビル建築用の土地を買ったとか。上場の用意をしているとか。愉快だったろうな。人間、人生は転瞬のこと、胡蝶の夢のごときもの、一時の大愉快があれば、それも良かろう。長生きして、しっかりエロ老人をしたろうゲーテですら、人生で一番楽しい日は数日しかなかったと言っているのだから。彼は三年楽しい思いをした。そして破産同然となったが、おかげで素敵な私設図書館が残った。今もあるのだろうか。あの男、この男、彼らのあの頃の傲慢な顔と、のちのしょぼんだ顔を思い比べてみる。消えて出てこない男も多い。不良債権野郎たちめ。人の不幸は蜜の味というわけではないが、諸行無常の鐘は、いつの時代もなるのだ。同情はしないよ。

「2050年の世界」ではなく、ビル・エモット氏の「日はまた沈む」である。6章で、マッケイの「人びとの異常な妄想と群集の狂気」という近代ヨーロッパの投機フィバーの本と比較しながら、計画についてろくに知らないまま投資熱に浮かれている人々の例をあげる。そういえば、友人の大学教師が、株仲間を組み、株で儲けたと飲み歩いていたなあ。マンションを買ったと大喜びしていた。2DK程度のマンションで3000万くらいしたとか。4000万以上で売れると。もちろんバブル崩壊後は、半値以下となり、売るとローン残りが多く、つまり1500万で売ると、ローン残金2500万が清算できないので、売るに売れないという当時のワンパターンにはまり込んだのだが。彼は、数年のうちに、日が昇り、日が沈む体験を身にしみるほどしたわけだ。杜子春のような奴だ。不良債権野郎め。
尼崎の不動産業者も、この教師も、もともとは悪い奴ではなかった。だが当時はじつに嫌な奴らだった。その物言い、態度。無礼さ。そんな奴が多く居た。数年後は、まあ、そんなものだというしょげぶりだったが。東京の土地の値段でアメリカが三個買える? 理性は働かないのかと、当時ほんとうに思っていた。バブルの最中に、ビル・エモット氏は、東京の金融市場は群集の狂気の新たな見本だと表現する本を書く。6章のはじめに、正岡子規の句を引用しているのが秀逸だ。「死にかけて猶やかましき秋の蝉」。さすが、エコノミスト誌の東京支局長。素晴らしい。

そして、前年の1989年に出版されたカレル・ウォルフレンの「日本権力の謎」を引用する。日本の首相は、先進国の中でもっとも存在感がなく、影響力が小さい。また、政治家、官僚、財界、警察その他、どこにも権力の中心がない、日本のどこを探してもリーダーがいない「中心のない日本」という説である。だから、誰に言っても無駄だと。ビル・エモット氏の本は、日本では政治家より官僚が重要である理由としてGHQをあげる。アメリカの占領時代、占領軍司令部は日本の官僚機構を利用して日本統治を行った。選挙があろうと、議会があろうと、政治の中心には政治家の立ち入る場はなかった。そのようなものが無くても、戦中の統制時代と、占領軍時代を通して、システムとして日本の官僚統治制度が確立したということだろう。
そして、「日本の政治家が政治問題についてはっきりした意見を持つことは異例であり、いわんやそれを周知させることなどめったにない」と断言する。そして「西側民主主義国では、政治家は政見を明らかにし、選挙民や政治的同盟者のあいだの感情をすくいあげなければ首相になれない。だが、日本ではそうではない。自民党は永久的に与党の座にありそうな気配で、首相は派閥力学のなかから生まれるであって、国民投票や国民の委託を受けて誕生するのではない。政治家が閣僚になりたがるのは、人に恩恵をほどこせる地位と権威が欲しいからであって、政治目標を追求するためではない」とも断言する。このあたりはカレル・ウォルフレン説に激しく同意しているようである。20年後の今読んでも、まあ、そんなもんでしょうな。アメリカ全面依存体制のなかでは、アメリカの意思から逸脱を許されない状況の中では、そもそも政治家など不要ということであり、逆に意見をもつ者は、現体制に害をなすと見なされるのだろう。そういえば、孫崎亨氏も最近そんな内容の本を出していたが。そして、当時のアメリカは経済的苦境にあったが、ビル・エモット氏は最終章の章名を、アメリカ・アズ・ナンバーワンとするが、そのとおりになった。というより、東京の土地でアメリカが三個買えるという東京における群衆の狂気をバイ・スタンダーとしてあきれて眺めていたということだろう。予測のとおり、以後、日本経済は下り坂となり、復活の道筋も発見できないまま、失われた20年をつづけ、新興国にも敗北するようになり、アメリカはトップ最強の座に返り咲いた。

2050年、わたしは生きてはいまい。無理だね。この本は、かなりの確率であたるのかも知れない。でも息子は何歳だろう。男盛りではあろうな。息子の息子も、おおきくなっているだろう。ビル・エモット氏の「日はまた沈む」では、ケインズの言葉が引用されている。「長い目で見れば、われわれはすべて死者である」と。実もふたもない正論であるなあ。エコノミスト誌の50年前の記述を確認し、20年前の図書を再読し、2012年の今、38年後を予測する図書を、深夜早朝に読みつづける。おかげで、昼はぼんやりと過ごした次第。しかし新聞や週刊誌は読むに足りない。村上春樹がノーベル賞の候補だって。なんだろうね、世の中は。もっとも楽しい読書は、意見のある知性人の、しっかりした研究者の論文を読むことに尽きるだろう。読書は格闘技なのだ。一方通行ではない。殴られたら、蹴り返すものなのだ。よし、一人脳内勝利した。いい夜だった。

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