それがいつ来るのか

 経済のお勉強のつづきである。アベノミクスという、リフレ派と反リフレ派との経済学の宗教戦争への知的興味はあるが、それ以上に、自分が、わが社が2013年の今の時点で、どこに立っているかを確認したい衝動もある。銀行借り入れ者として短プラ連動の変動金利であり、金利動向も気になるが、それ以上に、日本の財政はどうなり、社会保障費はどうなるかが、最重要のテーマである。マクロ経済学のどの教科書においても、財政再建のひとつとして必ず社会保障費の削減を上げる。日本でも、生活保護費を削減し、医療費の抑制、さらに介護保険費の削減は、どのエコノミストもとうぜんのように語るテーマである。
 このような状況で、上場している老人ホーム大手業者や地場業者が、高齢化社会の到来だと、フルアクセルで年間千室とか、開発スピードをあげているのは、お元気ですね、というしかない。書店でもサ高住がどうしたかの本が、どんどん出ているようである。

 じゅうぶんに調べて考える時間はないので、例によって、さまざまな論者の意見を読み、そのなかから自分の意見を探す。コラージュ・シンキングと称せるか。競馬場で、予想屋の予想を買って馬券を買うようなものであるが、方法論としては間違っていない。

 雑誌での元財務省OBであり、財務省時代に黒田日銀総裁と同僚であった小幡氏と志賀氏の対談が納得でき、また簡潔だったので、すこしまとめる。

 安部首相やブレーンの浜田幸一氏らの主張は「円安になれば為替が弱くなって輸出産業がもうかる」というものだが、4月に発表された12年度の貿易統計によれば、貿易収支は8兆1700億という過去最大の赤字である。赤字はすでに構造的に定着しており、輸出より輸入がおおいのであるから、円安で日本は損をすることになる。輸入原材料や食品も値上がりし、化石燃料費も増大している。円安でも輸出は伸びず、円換算の企業の利益が増えるだけである。生産も雇用も増えることはない。

 金融緩和しても実体経済がついてこないのは、「凧紐理論」といって昔からの常識である。風が吹いているときは、凧紐で凧が高く飛んでいくのを抑えてコントロールすることはできるが、風のないときは、いくら凧紐をひっぱっても、凧を飛ばすこと(アメリカで綱理論という、綱で人は引っ張れるが、綱で人を押すことはできないという喩え)はできない。つまり、金融政策はインフレをおさめるのには役立つが、デフレには効かないという経験則である。

 アベノミクスより危険なのが、「クロダノミクス」である。財務省では基本的には、みなリフレ反対で、黒田総裁の意見は異端とみられている。
 今後2年間で日銀が約100兆円の長期国債を買い上げるとし、今後新発国債の7割を買い占めるという。
 だが、金融緩和が必要なことと、国内金融機関を国際市場から締め出すのは、意味が違う。国債の長期金利を下げて、金融機関のお金が民間にながれる目的であろうが、国際市場が混乱し、逆に価格が乱高下している。
 クロダノミクスで、長期金利は逆に上がると思われる。円安が進むなら、保有している日本国債を売って、ドル建てで米国債を買うほうが得だからである。日本の生保が国債を売って、外債を買っているという報道もある。国債が売られて価格が下落すれば、金利は上がる。この金利上昇がつづくと、国債暴落のリスクが生じる。
 国債が暴落すれば、金融機関は時価会計で損失計上する必要があり、融資を絞りしかなく、貸しはがしも起こる。これは、欧州の国債危機で起きたのとまったく同じパターンである。スペイン国債やイタリア国債をもっていた金融機関は、時価会計で損失がふくらんだ。日本でも、国際が暴落すれば、中小の金融機関は融資を引き上げるだろう。
 財政の面でも、いま国債の利払い費11兆円に達しているが、そのなかで金利が2%上がれば、もう予算は組めなくなる。

 志賀氏→わたしは、何度か財務省で黒田総裁と一緒に仕事をしているが、彼には悪い癖がある。頭のよい少人数が政策を決めるのが一番いいとする「ハーベイロード(ロンドンのケンブリッジ側のハーベイ通り、イギリス式超エリート主義、黒田総裁はケンブリッジ留学者)の前提」にたつ。人の意見や多数決を重視しない傾向がある。
 黒田氏は財務省でも傍流であり、意見は異端である。国債買い上げのクロダミクスは、明らかにやりすぎである。財務省も心配しはじめている。金利が上がったら、日本は終わりである。これは消費税を上げるとかいう次元を超えている。富裕層や大企業は資産を海外に脱出させて、大多数の国民だけがインフレに苦しむ、そんな時代がやってくるかもしれない。

 以上、要約である。

 よくタイのバンコクに行く。いい国だ。だが、街中に巨大な錆びた鉄骨のかたまりをみる。高層ビルの建築途中で工事中止した鉄の恐竜の残骸である。バーツ危機の残骸なのである。当時、タイのバーツはアメリカドルとペグしていた。高度成長するタイに外国の資金がどんどん流入していた。だがアメリカはドル安政策に転換する。タイの金利は高い。するとレートはドルと固定されているが、金利の高いタイにさらにどんどん金が流れ込む。中心はジャパンマネーである。短期の投機マネーだった。実力以上のバブルである。投機マネーは国外に一気に逃げ出す。またドルとペグしているから、為替の調整は効かない。そこに目をつけたのが、アメリカなどのはげ鷹ファンドである。ソロスのファンドだけではない。バーツの空売りを仕掛ける。タイ政府は応戦するが、すぐに外貨準備が枯渇し、敗北し、変動相場制に移行する。タイの経済は大打撃をうけ、タイのめぼしい資産は、外資に買いあらされる。バンコクの街にいまも残る、あの巨大な鉄骨の残骸が気になるが、このような大規模な金融政策と円安誘導策に、国内の機関投資家、海外のファンドがおとなしくしているはずもないだろう。いまの株高は外国投資家家が演出しているとか。
 あのジョージ・ソロス氏は、4月5日CNBCのインタビューで「日本はこれまで25年間に蓄積した巨額な財政赤字を抱えたままで、その経済は回復軌道にも乗っていない。こうした状況で今回の日銀の決定はきわめて危険な行為だ」と述べたらしい。「日本がこうした大胆なデフレ脱却政策をいったん始めれば、円安に歯止めがかからなくなり、日本の投資家は自分のお金を海外に移すようになる。その次に起こるのは、円安が雪崩のように進むことだ」というのである。英ファイナンシャルタイムズ紙4月8日も、日本国債の利回り低下を嫌ったジャパンマネーが、ハイリターンを求めてユーロ圏の債券市場に流れ込んでいる、ユーロ圏の国債が買われて、利回りが急低下していると述べる。そういえば、バーツ危機の真の犯人はアメリカのヘッジファンドではなく、じつはジャパンマネーであるとは、浜矩子氏の説である。タイになだれ込み、一気に逃げ出したとする。巨大なジャパンマネーも国内的にははげ鷹ではないが、国際的には立派なはげ鷹なのである。政府の暴走とは心中はしないはずである。

 また、いまでは外国人が日本国債の10%近くを保有しているらしい。いったん国債価格が下がり始めたら、その瞬間に、さまざまな投機筋が日本国債の売り浴びせをはじめるといわれている。日本とタイでは国家規模も保有資産も違うので、バーツ危機のようなことはないだろうが、国民経済がおおきく毀損するのは避けられないだろう。なんどか外資のファンドが日本売りを仕掛けたが、みな失敗したとされる。だが、今度はどうだろう。

 またクロダノミクスは、毎月国債を7兆円、新発の7割を買い上げるという。日本国債は、20年続いたゼロ金利でもわずかでも利ざやのとれる商品であり、銀行などの国内機関投資家がノーリスク収益源として購入を続けていた。だが、この措置は債券市場からの国内機関投資家の実質的な締め出しである。日本の国債市場はアメリカとならび、世界の国債市場の3割のシュアをもつ世界最大級の市場である。その金が、外国人や個人がリードしてきた株式・為替市場に流れ込む影響はおおきいだろう。また海外に向かえば、世界の資本市場にあたえる影響は巨大(アメリカが今回の禁じ手の円安政策を容認するのも、ジャパンマネーが米国債に向かうからであるとする説もある、日本の預金者のお金でアメリカを支えるのである)であろう。

 ともかく、反リフレ派の一部がいうハイパーインフレまでは、日本では起こらないと思う。外資系証券会社であるシティグループ証券の副会長である藤田勉氏は、この3月の著書では、バーゼルⅢにより、金融機関は国債保有をせざるを得ないので、ハイパーインフレや急速な国債暴落はないと論じている。だが、藤田氏も金融緩和でデフレ脱却はできないとする。金融、為替の現場では、リフレ派を信じるプロはすくないようである。

 ともかく、貸出金利の上昇と、社会保障費の削減という流れは、おそらく避けられないか。老人ホーム会社も、あごにノックアウトパンチは食らわないが、ボデーに何発か叩き込まれるわけであるか。腹筋がよわければ、それもKOパンチとなる。
 だが、エコノミストがどう言おうとも、社会保障費の削減は、選挙民の怒りをかう施策であり、これはどの政党もやりにくい。どの政党もある程度の大衆迎合は必要であり、そもそも政党は自分たちのために「利益を分配」するためのもので、「負担を配分」するものではない。それは独裁強権政治体制でないと、すこし困難だろう。これは選挙民のつよい抵抗をうける。
 すると、税収が減少していく以上、国債を発行し続けるしかないのか。しかし、それは国債暴落への道につながる。国家破綻となる。これの「解」は、むつかしいというより、存在するのか、となる。

 問題は、そのボデーパンチの時期である。いつ来るのか。何にフォーカスしていればよいのか。

 5月のダイヤモンド誌で、BNPパリバの河野氏は、長期金利4%で金融危機が発生するとする。公的債務がGDP比で200%に達する日本では、長期金利が高騰すると、利払い費急増で公的債務は雪だるま式に膨張する。そのとき問題となるのは、国債を大量保有する金融機関である。その自己資本の劣化で、金融システムは危機を迎えることになる。
 リスクプレミアムを計算しない場合、長期金利が3%程度(4月8日のウォールストリートジャーナル紙は、安部政権が設定したインフレ2%の目標に達すると、10年物国債の利回りは現在の0.5%から2.5%に上昇すると予測する)にとどまれば、金融機関に必要な自己資本率は維持される。ただ、仮にリスクプレミアムが1%発生すると、大手金融機関は問題ないが、地域金融機関が自己資本比率が底割れするようになる。金融システムが動揺する。
 リスクプレミアムが2%発生し長期金利が5%まで上昇すると、大手行でも達成できないところが現れ、金融システムは危機的様相を強める。国際価格下落が原因であるため、危機収束のために公的資金を投入しようにも、日本政府単独では困難となる。規制をつよめて金融抑圧策をとるかIMF支援しかなくなる。
 長期金利が3%を超えると、中小金融機関などの経営が困難になる。これらの金融機関を延命させる猶予策をとると、公的資金投入が際限なく膨らむ。国債価格が一段と下落し、金融システム危機につながるリスクがあるとの、河野氏の意見である。国債価格と長期金利の動向が、フォーカスすべき指標のようである。
また、こんど取引金融機関に聞いてみようと思うが、長期金利が3%を超えると、地域の金融機関の中小企業に対する変動金利は、短プラ連動で5%以上になるのではないか。全産業で3%程度の平均利益率なのに、この金利上昇は中小企業にかなりのダメージをあたえるだろう。とりあえず、黒田総裁が2年後と明言してしまっているので、2年後になにか市場と国民生活の大きな動きが、どちらにせよあるのだろう。

 連休に読んだ経済関係図書の中で、いちばん腑に落ちたのは、元日銀総裁の白川氏の発言である。氏は、12年11月の講演で次のように述べたらしい。
「マネーを増やせば物価が上がるという貨幣数量説は一見わかりやすいですが、近年の日本や米国のようにゼロ金利が続く経済では、現実を説明できません。」
「マネーの総量は重要であり、日本銀行による今の資産買い入れを前提とすると今後もマネタリーベースは大幅に増加していきますが、現在、それ以上に重要なことは、成長力の強化を通じて、マネーの回転速度を引き上げることです。」
 ここである。通貨の供給量を意味なく増やすより、その「回転速度」をあげることなのである。相対性理論ではないが、速度がもっとも重要なのである。動きもしないお金を大量供給して意味もなく余らせるより、お金を動かす、回転させることが大事なのである。お札をじゃんじゃん刷っても、そのお金が動かねば意味はない。円の値打ちが落ちるだけであり、国民の資産が毀損し、高齢者の老後のための預金が実質目減りするだけである。お金も商品であるから、需要と供給のなかで流動性が重要なのだ。だが、それは中央銀行の仕事ではない、となるか。

 見込みとしては、予感とイメージの世界だが、アベノミクス、クロダノミクスの異次元の金融緩和にかかわらず、金利は必ず上がる、と考えよう。だが、社会保障費の削減は、負担の押し付けであり、選挙民の支持は得にくい。ギリシャもイタリアも日本も、これは同じである。同じ騒ぎとなり、強行すれば政権が打撃をうける。財政的にすべきであっても(わが社は困るが)、小選挙区制での風次第の政治である。大幅なことは難しい。高齢選挙民がますます増えるのである。社会保障費の増加分は、国債で将来への付回ししかないか。だが、その調整の時期はいつか来るのであり、それまでに繰り上げて返済をおわらせれば良い、あるいは水準が削減されても運営できるモデルを構築する、リスクから逃げ切れば良いということになるのか。その形がつくれれば、安心してホームが運営できることになる。われながら心配性なことだが、融資は20年、ホームは50年続かねばならない。危機管理とは、想定される最大の危機に備えながら、日々を陽気に暮らすことだそうである。そうしようか、5月はよい季節だし。

 と思ったら、今日の日経新聞はメガバンの住宅ローンの固定金利が引き上げられたことを報じている。ふつうなら、なんということはない記事だが、クロダミクス発動のあとの利上げであり、ああああああああ、これはトラヒゲ危機一髪の120分まえなのか、90分前なのか。国債の金利も下がるはずなのが、上がっているの。クロダミクスの国債の異次元的な大量購入で、長期金利は徹底的にゼロちかくに抑えこまれるはずなのだが。それに反する住宅ローン金利の引き上げは、メガバンのメッセージとも見れば見れるが、ランダム・ウォーークしている。

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