パテカトルの万脳薬 by 池谷裕二
エディンバラ大学の研究者によれば、協調性の高い雄チンパンジーは長生きするそうである。被験対象のチンパンジーたちは性格検査を受けていたらしいが、ヒトの性格分類として有名なビッグファイブ、つまり外向性(社交的であること)、協調性(攻撃性が低く協力的であること)、開放性(新しいことに挑戦し、積極的であること)、誠実性(忠誠心が強く誠実なこと)、神経症性(不安や恐れが強く精神が安定しないこと)の五つの傾向に加えて、優位性(社会階級で上位にあること)を足した六つのベクトルで評価したとか。その上で、「長生きしたチンパンジーは協調性が高かった」が結論である。ヒトにおいても他人に対して穏やかで協力的であるほど長寿であることは知られている。
まず進化論的には、ヒトは進化する段階で、協調性が生存に有利であった。相互に協力的なら、ライバルとの争うも少なく、けがやストレスは減り、命を余計な危険にさらす機会も減る。しかしライバルと争わねば、遺伝子を子孫に残す交尾の機会も減るから、種の保存から見た場合は、譲り合いの精神は必ずしも最良の戦略にはならない。エサが限られている場合もそうであろう。
一般に生物界では「子の数を増やす」と「個体を長期維持する」はトレードオフの関係にある。早く性成熟し多くの子孫を残し、あっという間に寿命を終えて世代交代する戦略がある。昆虫や魚や小動物がこれを採用している。
逆に、子の数は少ないが、成長や老化も遅いため一つの個体が長生きする、ゆったりした世代サイクルをしてい動物界を支配する戦略もある。大型動物や樹木など、ヒトもこれに含まれる。
前者では、協調性より攻撃性や俊敏さが重視される。けんかが強く、大胆な行動をとる個体は、交尾の機会はおおいが、闘争や産卵に多大なエネルギーを使うので、短命になる。
ヒトはこうした闘争を避け、協調性を高めることでスローライフを選んだ生物でる。他の生物に比べて痛がりで、けんかを回避して協調路線を歩む傾向がある。また人間界でも、栄養や衛生の良くない時代では、多産は短命だそうである。どちらにせよ、ニコニコ笑って、けんかせず、気持ちはまるく、ながく、という世俗の教えはただしいのである。