この6月28日、大阪帝国ホテルでタイ国投資委員会の主催する「タイの投資政策」セミナーに知人の設計士とともに参加した。すでに何度か目の参加である。タイ国大阪総領事の挨拶を聞き、タイ国工業大臣、タイ国運輸副大臣、タイ国国家経済社会開発委員会長官、タイ国投資委員会長官、バンコク日本人商工会議所会頭の講演を聞く。昨年のタイの大洪水にもかかわらず、日本企業の進出はさらに加速されているとか。
タイ高官は、みな立派な英語が話せる。タイのエリートは大体そうであるように、ほとんど欧米留学組なのだろう。設計士が、日本の大臣や政治家で、堂々と、理路整然と、ここまで話せる人物がいるだろうかと、感心している。
その大臣たちの講演を、音声翻訳機で聞きながら、成長戦略という言葉を実感した。これが、じつに成長戦略、経済成長政策なのだと。中国から東南アジアをとおりシンガポールにつながる南北経済回廊、東西経済回廊、さらには新幹線が中国からシンガポールに抜けるレールウェイ構想、アジアハイウェイ構想、みな着実に進展しつつあるのだ。このような交通網の急速な整備とともに、東南アジアはドラスティックに躍進をつづけるだろう。とくに工業大臣がタイ国は、アセアン経済共同体(AEC)の確立準備を進めているとして、さらにタイでは数年前30%だった法人税を今年23%に下げたが、さらに来年は20%まで更に引き下げると強調していた。国家経済社会開発委員会長官は、ミャンマーのダウェイ港まで道路開通を行い、それをアジアのハブ港として活用し、域内最大の共同生産連携を行う構想を述べていた。そしてインフラ開発への投資計画を説明する。規制緩和・法人税減税・道路網・鉄道網を整備することにより、東南アジア諸国の域内接続戦略を推進し、産業と投資を呼び込み、アセアン経済共同体の中心プレイヤーになろうとしているのである。
戦略的なインフラ拡大政策と法人税の大幅減税。規制の緩和。これは見事な経済発展政策と感心するしかない。優れた碁打ちのように、打つべき場所にきっちり布石し、石を置いているのである。定石どおりである。これは伸びるだろうと直感する。大きな伸び代があり、伸びる手を尽くしている。
今、ヨーロッパでも日本でも、緊縮財政路線か成長戦略か、路線対立がある。フランスもギリシャも緊縮財政を批判し、成長戦略を揚げる候補が当選した。経済成長により雇用が増え、税収も増えて財政再建が実現できるとする立場である。上げ潮派の考え方である。
しかし、現実問題として成長戦略は、よほどの条件が整のわないと達成不可能とされている。日本では60年代に池田勇人首相が所得倍増計画を打ち出し、この政策が高度成長に役割を果たしたとされるが、じつは成長戦略をやりぬいた政治家はいない、成功したように見える人も、単に運がよかっただけというのが最近の理解のようである。
当時の日本国民の平均年齢は28~29歳。人口の4割を占める農村の若者たちが都市に集団就職して工場労働者にやることにより、低賃金で良質な労働力が大量に工業に流入することにより、中進国日本は、先進国へのタッチアップに成功する。団塊世代と呼ばれるこの階層は、家庭をもち、家をもち、テレビをもち、冷蔵庫をもち、やがて車をもつようになり、さらに消費に拍車をかけることで、国内市場はさらに拡大される。正のスパイラルであり、右肩あがりの時代である。
同じような現状は、10年前の中国で起きており、今も進行中である。いわゆる人口ボーナス期である。国民の平均年齢が若くて経済に勢いのある時代は、政治的な秩序さえあれば、世界から金と企業と人があつまってくるのだ。経済成長は、政府の経済戦略ではなく、人口ボーナス、若年労働者がどのくらい多いかのデモグラフィー(人口統計的な年齢分布)の問題なのだ。
すると、人口オーナス(重荷)期に既に入っている日本は、負のスパイラルであり、もうこの形の経済成長は望めないことになる。
このデモグラフィー以外の経済成長のための方程式は、たった一つしかないと言う。それは規制を緩和し、法人税を下げて、世界中から金と業と人を呼び込むことである。そうすると、一時的に効率の悪い国内企業は倒産し、失業率も増えるが、やがて海外からの投資が増加し雇用も増えだす、それが新しい需要を生み、その需要から新しい産業と雇用も創出されていく、とうことらしい。そしてタイ国は、まさにそれをやろうとしている。タイ国の大臣や長官の講演を聞きながら、ああ、そういうことかと得心する。タイ国の戦略は奏功するだろう、そう確信する。
ただ先進国でこの政策をとろうとしても、このプロセスは少なくとも15年はかかるとか。レーガン大統領のレーガノミクスの効果が出たのは15年後のクリントン大統領の時代とされる。サッチャー首相も任期中は失業率が増え続け、追われるように退陣したが、その15年後に効果が見られたとされる。韓国の金大中大統領は1997年のIMF危機の時に、規制撤廃、IT促進、ビッグディール政策による財閥の統廃合、英語力の強化などで経済の立て直しをはかった。しかし、その成果が出たのは10年以上経過した現在の李大統領の時代である。
ここから出る結論は、その政策をとった大統領・首相の在任期間中は、失業率が増えて倒産が増える。規制撤廃をとった本人の在任期間中は、その効果があらわれないということである。この成長のプロセスは少なくとも10年以上かかるからである。痛みをともなうのである。とすると、鉄の女がいる。あんちゃんや、おっさんや、じいさんでは、とてもである。金の草鞋をはいて、レディを探さねばならぬ。
消去法だが、2つの経済成長の方程式のうち、人口ボーナスによるものは、60年代、70年代に日本は使い切った。すると、もう1つしかないのだが、痛みをともなう10年を示して実行する政治体制、社会体制にあるかということだろう。二宮尊徳的意味で、覚悟、性根の問題となるか。タイ国の投資セミナーに参加した夜、そのような整理をしてみた。一昨年も昨年も、このセミナーに参加しているが、タイ国投資委員会(BOI)長官は、同じ女性である。相変わらず堂々とプレゼンするのだが、「持続的発展のための投資」と題して、さまざまな恩典・免除をあげ、さらに税負担の軽減策を述べるのであるが、年毎に、タイの国力向上とともに貫禄がましているように感じるのは錯覚か。