9月20日の昼である。スワンナプーム空港から大阪行きタイ航空機に、あわててのる。席に着こうとすると、すで窓際にすわっているフランス系と思われる白人が笑いかけてくる。笑い返す。しかし、人なつこい人である。しかし、ある程度の日本語が使える。さまざまなことを語り掛けてくるのである。CAさんが飲み物を聞くので、彼は白、わたしは赤にする。ガラスのコップよりプラスチックにしてと言っている。わたしもまねる。こちらのほうが沢山はいるから、と笑っている。とりとめのない話を、英語と日本語のチャンポンでしているうちに、自己紹介された。Daniel Aviolat氏。在大阪スイス総領事館元総領事で、スイス外務省入省後、大阪、ジェッダ、ベイルート、シンガポール、モンロヴィア、パリ、ベルン、アテネなどの国々で外交官として駐在し、大阪ではスイス総領事をしていたとか。在大阪スイス総領事館の総領事を最後に退官後も、神戸に在住、 現在、立命館大の客員教授らしい。
じつ面白い人である。大阪まで5時間、本でも読もうと思っていたが、氏との話で、ずいぶんと時間がはやかった。無宗教同士ということからはじまり、いわく、芭蕉より蕪村が好きだと。また能や文楽は好きだが、歌舞伎は好きになれないと。逸翁美術館の話し。こんど丹波に焼き物に行くとか。陶器の話し。タイの政情談義。通貨と為替の話をし、スイスはユーロではないのかと聞くと、嫌な顔をされたが、記念に1スイスフラン硬貨をもらう。スイス・ワインの自慢をされ、でも、夏でも酒の熱燗で刺身が大好きだという。高野山によくいくというので、弘法大師論になる。あれは仏教ではなく、ヒンズー教だ、呪術の世界であり、仏教の最も堕落した形態だというと、しかし、あの異質な空間が好きだという。どうやら、眼に見える感覚世界から入る人のようだ。それを自分的に解釈して、選択している。ともにノーレジオンということで、すこし宗教談義。出雲大社に15回行ったとのことで、その清浄な感じが好きなようだ。能が好きで歌舞伎が嫌いなのは、そのシンプルさが気に入っているらしい。
わたしも出雲出身だというと、竹野屋を知っているかと聞く。竹内まりあの実家だという。知っている、出雲大社の真ん前の旅館だとこたえると、のぶおさんを知っているかと聞く。さすがに知らない。高円宮家との交流、お茶の千宗家による茶会での話し、震災で行きつけのガード下の居酒屋がつぶれて音信普通になったので、任地のアテネでどのくらい心配したかの話し、そして、機内食のごはんの米を美味しがり、これは何かと聞くので、ジャスミンライスだと答えると、神戸のメイドさんはミャンマー人でどんな料理でもできる。神戸でこの米が手に入るかと聞いてくる。after life の話しをえんえんとする。さすが外交官あがりであり、話しの内容が、おどろくほど幅広いし、友愛の感情に満ちている。
それやこれや話し合いながら、ふたりとも昼寝にはいったが、自分のインチキ英語がちゃんと通じているのに、自分でおどろく。観光客として簡単な英会話はしているが、ちゃんとした知識人と、英語でちゃんとした会話をする機会はすくない。しかし、話す気があれば、言葉は通じるもんだ。
スイスと神戸に住居をもち、その中間点がタイで、5時間でバンコクに行き、数日滞在し、また5時間で大阪空港というスタイルらしい。2つの世界で自分の人生を組み立てている。それは、じつに結構ですなあ。別れ際に拳骨で肩を叩かれた。機内の免税品販売で、メイドさんのためにずいぶんと良い香水セットを買っていたが、でも、それはどういうことだろう? しっかりした金の指輪を左小指にしているのは、どんな意味があるのだろう? 聞きたかったけど、聞けなかったなあ。