自爆する若者たち、ユース・バルジ

今日11月17日、イラク軍がイスラム国(IS)の拠点モスルの奪還作戦をはじめて一か月。軍は徐々に掌握地域を広げているが、ISも激しい抵抗を続いているとか。また、おおくの斬首死体が発見されているとか。アフガニスタンもそうだが、なぜこの地域が、とくに激しく、そして残忍な形の戦場となるのか。

『エコノミスト』誌10月4日号に、社会学者グナル・ハインゾーン氏のインタビュー記事があり、その著『自爆する若者たち』副題「人口学が警告する驚愕の未来」を取り寄せて読む。氏は、戦争やテロの原因は、けっして貧困ではなく、またサミュエル・ハンチントンのいう「文明の衝突」でもなく、突出して数が多い若者層「ユース・バルジ」(Youth Bulge)であることを解き明かす。またアフリカや中東の人口不均衡による移民が、欧州にテロを運ぶと警鐘をならす。じつに納得のいく論旨である。

氏はジェノサイド研究の第一人者であるが、世界各地で頻発するテロや戦争の原因として、人口統計に見える「ユース・バルジ」という現象に注目する。主張は明快だ。暴力を引き起こすのは貧困でもなければ、宗教や民族・種族間の反目ではない。人口爆発によって生じる若者たちの、つまりユース・バルジ世代の「ポスト寄越せ」運動、それに国家が対処しきれくなくなったとき、テロとなり、ジェノサイドとなり内戦となって現れるとする。現在、先進国はどこも少子化で、一人しかいない息子を戦場におくって戦死させるわけにはいかない。例えば、江戸末期3000万人強だった日本の人口は、1930年頃に6500万人と倍増した。1家族に5人の子供がいるのが普通で、ユース・バルジの状態にあった。そのとき、日本は何をしたか。隣国の侵略をはじめたのである。

氏が、ユース・バルジをわかりやすく説明するために考案したのでか「戦争指標」である。男性の年齢層別のうち、55歳から59歳までの間もなく引退を迎えるグループと、15歳から19歳までのこらから社会で競争していくグループの二つを比較し、どれだけ社会に活躍できる場所が生まれるかを測る指標である。1000人が引退して年金受給者になれば、社会の中に1000人分のポジションが空く。二つのグループの人数が一対一であれば、若者は全員みな職を得ることができる。日本の戦争指標は0.82。1000人が引退しても、若者820人は、全員が仕事に就ける。だが最悪のザンビアでは、戦争指標が7.0である。1000人分の仕事に対して7000人の若者が競い合わねばならない。そして、戦争指標が3以上の国では、若者の社会不安が大きく、何らかの形で暴力に訴える危険性が高いとする。このユース・バルジの若者の数は、2050年には20億人になると氏は予測する。副題のとうり「人口学が警告する驚愕の未来」である。

6以上:ザンビア(7.0)、ウガンダ(6.9)、ジンバブエ(6.9)、アフガニスタン(6.4)
5  :エチオピア(5.8)、パレスチナ(5.8)、イラク(5.7)、ソマリア(5.6)
4  :マダガスカル(4.9)、ナミビア(4.9)、リベリア(4.7)、スーダン(4.7)
3  :アラブ首長国連邦(3.9)、シリア(3.7)、パキスタン(3.6)、フィリピン(3.2)
2  :メキシコ(2.7)、エジプト(2.4)、インド(2.3)、トルコ(2.0)
1  :ブラジル(1.9)、イラン(1.87)、イスラエル(1.75)、ベトナム(1.6)、チリ(1.3)、オーストラリア(1.1)、中国(1.1)、フランス(1.04)、タイ(1.0)、アメリカ(1.0)
1未満:イギリス(0.97)、韓国(0.92)、日本(0.82)、カナダ(0.82)、イタリア(0.76)、ロシア(0.73)、ドイツ(0.69)、スロベニア(0.63)

今、激しい戦闘がつづくイラクは5.7であり、アフガニスタンは6.4である。
キリスト教徒の人口は、15世紀末から1916年での400年間に、5000万人から5億人になった。その結果、植民地獲得と侵略戦争に明け暮れた。植民地内での蜂起は、ヨーロッパの三男坊、四男坊で構成される軍隊によって、簡単に鎮圧された。一方、イスラム教徒は1900年から2013年までの100年間で、1億4000万人から15億人になった。これがいかに危険な数字かというと、それは15歳から29歳までの戦闘能力の高い年齢(戦闘年齢・軍備人口)の若者の割合でわかるという。1914年、人口1000人中のこの層の割合は、欧米の350人に対して、イスラム圏は95人だった。それが2005年には、欧米130人に対して、イスラム圏は270人と逆転している。2020年には、欧米120人に対してイスラム圏は290人と予測されている。

またイスラム圏は、その三分の二が長男ではない若者であるのに対して、欧米はほとんどが一人息子である。戦争指標でみるとアフガニスタンの6.4に対して、アメリカは1.0である。アメリカは一人息子を戦争におくろうとしないが、アフガンは社会で活躍する場のない次男、三男がテロや戦争に向かうとする。また、どの社会も一定割合が社会の中で負け犬となる。そのような若者が陥りがちなのは、暴力に訴えることである。過激派組織ISの若者は、けっして飢えているのではない。テロリストは、けっして学歴がないのではない。貧困がテロや戦争の原因であるというのは、グナル・ハインゾーン氏は幻想だという。

この15歳から29歳までの戦闘年齢が100人につき、30人以上になったとき、人口ピラミッド上に、ユース・バルジの存在を示す外側へのふくらみが現れる。今のこの世代は、栄養も教育も十分に与えられている。父親一人につき、三人ないし四人の息子となれば、子供のときから相争う関係となる。大きくなって、三人のうち一人、あるいは四人のうち二人は、どうにか職にありつけるだろう。しかし、あぶれた者に残された道は、6つしかない。
①国外への移住、②犯罪に走る、③クーデターを起こす、④内戦または革命を起こす、⑤集団殺害や追放を加え、少数派のポストを奪おうと試みる、⑥越境戦争にまで及んで、流血の植民を経てポストを手にする。氏の歴史分析によれば、若者が過剰になると、必ずと言っていいほど、流血を伴った領土の膨張や国家の建設と滅亡を見ることになるという。そして、今、若者人口の未曽有の大波が押し寄せつつあるとする。これから加速する地球の人口の爆発は、「人口爆弾」の信管が外れた状態と言えるとする。2050年には20億人のユース・バルジの若者が発生するのである。

昔風のマルサス的人口論も、サミュエル・ハンチントンの『文明の衝突』理論も、氏は否定する。そして、過剰な数の若者は、突然変異して、それを正当化する恰好のイデオロギー、ナショナリズム、アナーキズム、ファシズム、コミュニズム、部族意識、イスラム教、福音主義、アンチグローバリズム、環境保護主義、市場信奉、形の変えてのアンチユダヤ主義、その他に流れるとする。怒れる若者たちは、正義を奉じるゲリラとなって、テロの現場へ、戦場へおもむくのである。

氏の人口学の立場から、歴史を見直すと、たしかに符合する。また、今のアフリカやイラク、アフガニスタン情勢の理解についても、そのとおりである。ついキリスト教徒とイスラム圏の戦いのように、つまりサミュエル・ハンチントンの『文明の衝突』的に解釈してしまうが、グナル・ハインゾーン氏『自爆する若者たち』副題「人口学が警告する驚愕の未来」の主張が明快であり、すっきりと当てはまる。そして、未来予測は、これは暗くなる。アフリカとイスラム圏は、さらに拡大し、欧米は縮小する。

とりあえず、イギリス(0.97)、韓国(0.92)、日本(0.82)、カナダ(0.82)、イタリア(0.76)、ロシア(0.73)、ドイツ(0.69)、スロベニア(0.63)のような国が、もう戦争に訴えることはないだろう。ある程度は豊かな国が、一人息子を戦場におくることは、まず起こり得ない。兄弟が五人も六人もいた旧日本軍の兵士の命の値段は、一銭五厘だった。戦争はベネフィットの大きい主要産業だった。今はそんな時代ではない。
とすれば、トランプ新アメリカ大統領は、移民政策に対して否定的だが、どの国も、そのような流れが自然になるだろう。国境線はさらに、どの国も強化するだろう。そして固められた国境線のなかでは、逆に、そもそも人口減少は悲観すべきことではないと思う。むしろ、将来への希望だ。地球は際限のない人口増加には耐えられないのであり、自然な人口減少は、食料や水、エネルギーの不足からとうざけ、その社会のみの存続の可能性をひろげる。だが、それはナショナリズムと国家的排他主義のうえに成り立つ。ガチガチにされた時代が来ると、そう予測できるわけだ。

目から鱗である。

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